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by rakudazou

シナモンのうたの先生

d0019913_14283671.jpg幼さが残るオカメインコのシナモンは9月15日を迎えると生後6ケ月になり体重は80ℊで元気に成長している。何でも興味を示し考えられない行動を行い私生活に至るまで脅かす悪戯をして、私に出来ることは可愛いからこそお互いの安全を注意しなければならないと反省している。d0019913_18284878.jpg

名前だけは憶えてもらいたいと「シナちゃん」と呼び続けていると、3ケ月を経過した頃に肩に止り遊びながらグチュグチュとつぶやいていたが、フト耳を傾けると耳元で「シナちゃん」とあどけなく言った瞬間、私は「アッ、名前を言っている!!」シナモンが愛おしくとても嬉しかった。いつも身辺をお世話になっている友人にそのことを話すと、私の顔を見ながら「親バカですねェ」と言われて信じてくれなかった。最初は小さな声で呟いてみたり叫んでみたり最近は、「シナちゃんおはよう」と言えるようになった。そして、ひそかにシナモンは♂だと確信するようになった

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昔、初めて飼ったメルちゃんと言う同類のオカメインコは「ウグイス」の鳴き声をとても上手にさえずっていたのを思い出すのである。あの頃と異なり年月を経て私の精神も身体も衰退してしまったが、シナモンに「ウグイス」の鳴き声を出来るなら覚えてほしいと思った。私は口笛が吹けないのでヘルパーさんたちにウグイスの口笛をお願いすると、ウグイスの声にシナモンはすぐに反応して動きを止めてじっと聞くようになった。d0019913_18403463.jpgそのうちに「ホーホケ・ケキョケキョ」から「キョ」がつながり調子の良い時にはビックリするほど大きな声ではっきり鳴くようになった。この「ホーホケキョ」には幸いにシナモンにとって口笛の先生がいた。毎週、土曜日の夜のヘルパーさんは仕事の合間に熱心に「ウグイス」の口笛で話しかけてくれる。シナモンは聞き入って確かに上達はしているが、先生の口笛の抑揚が有り過ぎて迷いながら最近はアレンジして自信なさそうに懸命に唄っている。正しく唄えるように今は練習中である。d0019913_4145376.jpg

しかし、日増しに自己主張が強く大きな声で「オハヨウ」と叫んで聞こえるのは私だけで、周囲には唯「出してョオ!!」と怒鳴って大きな声で朝夕は騒いでいる。
 注:インコ類は口笛によく反応し雄は雌の気を引くために教えるとよく覚える。

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触発されて

シナモンを観察していると何度も繰り返す言葉をそのまま覚える学習力がある。話し相手をしていると私の胸元に飛んで来てシナモンの重みを感じながら、シナモンの頭、嘴、背中などをそっと優しく指で撫ぜたると目を細めて気持ち良さそうにしている。覚えたての言葉を聴きながらシナモンと過ごせる幸せを実感じているd0019913_3493136.jpg

人が訪れるとシナモンは歓迎してくれる人には直ぐに嬉しそうに飛んで行くのである。初めての人などは驚き「すみません」いつも言うのであるが、中には目を細めて「このような経験は余りないので構いませんよ」と動物好きな人もいる。殆どの人は仕事で訪れる人々で事前にケージに入れるように生活のメリハリを覚えさせたいと考えている。d0019913_35189.jpgさいわいにシナモンはドアを開けても直ぐには出ようとはしないで入口を行ったり来たりと遊んでから、のんびりとゲージの扉の舞台の裾で首を傾げたり、さあ、これから飛ぶぞと羽を大きく広げて見せたりて、シナモンは何でも見る物は興味を持ち飛んで行き車イスの背丈より高い人が訪れると飛んで来て止まるのである。シナモンには人それぞれを見分ける力があるのだろうか。相手の迷惑なんてかえりみず飛んで行き肩に止り驚かせている。

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電動車イスが被害

シナモンの存在は我が家に子供が誕生したようなものである。しかし、シナモンの興味津々の悪戯をどのように回避するかは知恵くらべのような日々でもあるd0019913_3581960.jpg

これまでに最大の悪戯は私の大切な電動車イスの先端の操作盤のライトやウィンカーなど、ふといねむりをしている間にシナモンは喜々として丈夫な嘴で「ほじくり返して」しまったのであった。気づいた時には更に悪戯をする構えであったが、叱ることも出来ずに私の油断が招いた結果である。d0019913_442961.jpg

気に入っている麦わら帽子を穴だらけにしたり、観葉植物の根元をパチリパチリと千切ってしまったりと、更に困惑したのは大切なパソコンの上を止まり木にして遊んでいることであった。考えたあげくにノラ猫防止用の尖った芝生のような荒い物を切って断絶用のテープで取り付けて後ろ側は100円ショップにある穴開き滑り止めて様子を見ているが、シナモンンの遊びは限りなく続いている。結論としては飼い主の好きなことにはみんな遊びだと思っていると考えているようである。

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オムツをして・・・

訪れる友人がシナモンの細かい世話をして貰えてとても感謝している。その彼女が「シナちゃんにオムツをして・・・」と何度となく訴えている。小鳥にオムツとは考えていなかったが現実に小鳥にオムツをする方法はないと思うのだが、私の肩や身の回りがシナモンのフンだらけで平気でいる神経が許せないらしい。d0019913_419428.jpg家に居る時は肩掛けヤエプロンをして下さいと言われるが、気持ちはよく判るのであるが、出来るだけ回避したいと願っているが、それでもシナモンは我が心のすべてなのである。d0019913_42079.jpg

最も高い窓辺で一人遊びをしているときも、「シナモンおいで」と呼ぶと飛んで来てはインコ独特の癒せる動きでヨチヨチと動き周り、いつの間にか疲れて肩に止ったままで首を羽の中に埋めて共に眠ってしまい、ふと目覚めた折にシナモンは探すまでもなく顔を羽に埋めて寝ている姿を見る度に私はシナモンに支えられていると感じてこの穏やかな日々が少しでも長く過ごせるように努力をし願っている。

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 オカメインコの寿命をしっていますか?寿命は20年ですとも言われていますが、平均寿命は18年です。大切に育てると末永いパートナーとなります。

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# by rakudazou | 2016-09-02 03:25 | 《エッセイ》中村陽子

今の時代に思う・・・

私の昭和6417日は?

d0019913_14460132.jpgあの頃は、知らない町に住むようになってから日が浅く不安と緊張でいっぱいの昭和64年の新年が始まっていた。最近、横山秀夫の最高傑作の映画化、64-ロクヨンを観て、あの日々の頃がいやに古びた映像に観えて遠い年月を感じられた。

長い昭和の歴史から新しい平成が始まり、私は人生最後の力走をしていた。まだ、両腕にも力があり自動車は自らの大切な足であった。日常は利便さからすべてが普通の生活に逆戻り、シンプルな生活の大切さを発見、自らの新な生活と障碍者等の社会参加への意味を奔走の最後の機会ともなった。

引っ越しで住民登録をしたのは2度目、私か最初に運転免許を取得し、世田谷区で初めての自動車登録は品川ナンバーでその後、新宿区での練馬ナンバーから再び、都内の城南地域になり、その後は品川ナンバーである。そして、28年前には自立生活に古墳沸騰した。64-ロクヨンを観て思い出されたのである。

師走の忙しい界隈の中で新生活のスタートした昭和6312月の実感は短く間もなく64年の新年を迎えていた。まだ、門松の取れない17日の午後、今、思い出すと目の前の国道15号線沿いの当時の近鉄ホテルのレストランに居た時の風景を思い出すのであった。目の前の花々の赤い花だけをボーイさんが除いている風景を見て、アッ、何か、社会が代わったのだ・・・と直感したのである。

そして、間もなくニュースで昭和天皇の崩御を知った。昭和という63年間が終わり新しい時代が訪れると身近に感じた。この時代は最後のバブル崩壊の前の勢いがあったように感じた。そして、昭和天皇の具合が悪い事実は国民に知らされていた。自動車で近くを通る高松宮邸の正面門の前には何時観ても黒塗りの自動車がエンジンを掛けたまま待機していた

 あれから28年が過ぎ去り、今年も後半の時が過ぎて、多くの思い出と、年を経て多くの物を認識して来て今、映画「64-ロクヨン」を観て、あの頃の私自身を思い返した。あの当時はまだ、何とか身体の頑張る余禄があり、とても不自由な生活をひとつずつ解決をしながら一生懸命に日々の生活の忙しさに追われて過ぎ去ってしまった。

 直前に迫っているリオのオリンピックは安全なのだろうか?ダッカでの狙撃事件が生々し過ぎて、余りにも無残な事件が多すぎて忘れ去ることが恐ろしいと思う。d0019913_14504951.jpg18歳からの選挙権で何か若者たちへ新しい日本が変化するのでしょうか?今回の参議員選挙、東京都知事選と続いての有様に、選挙は「出たい人より出したい人を」の意味が本当にどれだけの人々が真剣に考えているのであろうか?私の身近な若者たちはこのままでは都税を払いたくないと不信をいだいている。これまでの2度に続く都知事の金銭に関する余りにも不透明さを追求されないままで辞任し都知事選となり、また、思惑ぞろいの候補者に都民の大切な税金が使われるのかと思うと嘆く思いでいっぱいである。この先の2020年のtokyoオリンピック・パラリンピック大会への都財政に大きな都民への負担が及ぶならば、誰しもオリンピックなどやらなくとも良いとも言い出している現実もある。ギリシャ、リオで見られるように国が破たんするような財政難の現実にこれからの世界の国々でお金の掛かりすぎるオリンピックの引き受ける国がなくなるように思う。

 d0019913_14521079.jpgそもそも、パラリンピックは1964年の東京オリンピックの折りに最初に始められた経緯があるが、いくらオリンピック後の開催とは言え、パラリンピックへ参加する多くの有能な障碍者が一同にスポーツの祭典のためにどれだけの更に大きな財政が必要であるのか?みんな知っているのだろうか?今後の経済不況、子育て支援、若者たちへの進路への救済、1964代の高度成長の礎になった多くの高齢者難民を目隠しをしたままで、政治が先に動くことは島国では危ない、日本の国民が希望することではないと思う。21世紀のアジア諸国のリダーシップの出来る見本になれるよきあこがれの日本に唯、なってほしいと考えるのである。


# by rakudazou | 2016-07-11 04:11 | 《エッセイ》中村陽子

延命の本音が恥ずかしい

延命の本音が恥ずかしい!! 

 d0019913_05291995.jpg今回の舛添都知事には多くの疑惑が都議会の集中審議に対してすべて納得のいく答えは無く、日本人として都民として恥ずかしい限りである。こんなことになる前に事務方や側近は何も言えなかったのだろうか?都知事とはそんなに権力者で非常識で暴君になれるものなのだろうか? 前回の都知事も金銭を受け取った疑惑が実現ものになり百条委員会が決まり辞任したが、舛添知事はそれより増して、給与全額カットしてまでも居座る本音が来たるリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックに東京の顔として出たい!!という本音こそ、東京都として大切な審議は何も出来ないままでこの人の人格が現れてこの舛添氏を推薦した自民党、公明党も苦しいとは思うが、このまま参議院選に突入されたほうが国民の信任は得られないで有ろう。毎日と報道されて、日増しに厳しくなるあの顔は観たくもない。「政治家の審議」と何度も繰り返しているが、既に猶予はなく辞任しかないであろう。本当に辞辞してほしいものである。これ程に金銭に汚い知事を選ばれて本当に恥ずかしい限りで情けない。


# by rakudazou | 2016-06-14 07:15 | 《エッセイ》中村陽子