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by rakudazou

10年目の母との年末年始

d0019913_2281246.jpg 父が亡くなったのは2001年の夏のことで、その年からの年末年始はずっと母と共に過している。正しく思い出すと最初の年には「何もしないで過したい」との母の希望で、横浜のインターコンチネンタルホテルで吉兆の料理づくしで豪華に年末年始をおくった。ホテル専用の船場から車イスのままで乗り船で往復し中華街へ出かけて食事をした思い出も残っている。いつもこれで最後かもしれないと思いながら10年目を迎えられたことは幸せだと感じている。毎回、新しい行動する母であるが、今年、満90歳を迎える母は自分のペースでいろんなスーパーに買い物や近所の移り変わりを1人で楽しんでいる。昨年と比べると多少と異なる変化と言えば、TVを見ることに余り興味を示さなくなりよく眠ること、人の同意がないと行動できなくなったということだろうか?これが老いから来るものであれば、母だけでなく私自身も納得しなければならないと思う。
d0019913_2292193.jpgまた、年末の30日の日には、混雑していると思いながらガイドヘルパーの宮田さんと共に京急線とJR線で品川駅、乗り換で有楽町に下車、年末の中央通りは日の丸の旗々がゆれてお祝いムードでいっぱいの町並みを通って新装となった銀座三越に出かけた。既にランチの時間になっていたので地下2Fのお寿司屋に急いだが滑り込みで席を取ることが出来た。食料品売り場はすごい師走の賑わいであったが、周りの喧騒を気にせずにお好みでお寿司をつまんだが、寿司ご飯やお寿司の大好きな母には一番安心した食べられる食物である。母は中トロ、ホタテを2巻ずつ頼み、私が頼んだ、ぼたんエビを1巻食べて、5巻だけで「お腹いっぱい、あぁ、美味しかった!!」との相変わらずの小食である。私も最近は常にお腹が痛くて余り食べられないでいるが、2人合わせて1人前の量であった。d0019913_22102987.jpg
妹からお小遣いを貰ったと喜んでいたので、記念になる物をということで、帽子を探しに隣接する松屋に出かけた。さいわいに1Fで冬物付属品のバーゲンでわりと空いていた。売り場の担当の女性がずっと付き切りであれこれと選んでくれたりかぶり方などを教えてくれた。いろいろと姿見に向って試していたが、お勧めの薄いベージュのベレー帽とグレーの帽子をお出かけ用と普段用として選んだ。それから、以前から身近にあると便利だと思っていた、三省堂の大きな字の国語辞典を買い求めた。90歳を今年迎える母の好奇心に飛んだ冒険のひとつである。最後に大好きなコーヒーとケーキを食べてタクシーで帰ることになった。d0019913_22111882.jpg
 後、数分という一方通行で携帯が鳴った。「だぁれ」「隆」「あと、5分もしないで戻るから・・・」駐車場に到着すると双子の徹と隆の甥たちが車から「サプライズだよ」と降りて来た。「驚かそうと思って来た」と2人我が家で揃う事は初めてのことである。住んでいるのも別、仕事も東京と大阪に離れているが、知る限りでは双子はとても仲が良いが、甥たちもテレパシーがあるかのように仲良しである。話ながら「どっちがどっち」と見ては髪が長い子が隆で短い子が徹だなあと判った。一緒に夕食でも食べようと考えていると、これから帰って忘年会だと本当にサプライズで帰って行った。d0019913_22124055.jpg
母は少しずついろんな食べ物を楽しみながら過した。年末の28日に迎えに行き、新年の3日に恒例の箱根駅伝が国道15号線を先頭ランナーが八ツ山橋を通り過ぎ大手町に向う頃、弟が迎えに訪れて、みんなですき焼きを食べて7日間を過して今年も帰って行った。大晦日に近くのお風呂屋さんに出かけたが、帰る途中で弟の自宅に到着、今年、最初のお風呂をもらい、みんなで夕食をしてから我が家まで孫に送ってもらい、母にとっては幸せな1年の始まりであると思った。
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by rakudazou | 2011-01-04 22:13 | 《エッセイ》中村陽子