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by rakudazou

◆映画「オアシス」を鑑賞して◆


勧められて 
映画好きな友人から、興奮気味な電話が来た。話をじっと聞いていると、これまでにない熱意が伝わってくる。「今月いっぱい上映しているから、ぜひ見てね」とこれではどうしても見に行かなければならない状況に至った。
ある日の夕方、私はオーチャードホールの入り口にいた。本当に久しぶり、そう、ヴァンクライバーンのピアノ演奏以来のことである。今、何か食べておかないと思い、エレベーターで地下1Fへ降りた。カフェテラス風のレストランでオムライスとフランスパンとコーヒーで夕食をとった。
この円形の地下へ行くとまるで小さなルーブル美術館のような書店があり、少しばかり立ち寄って鑑賞した。そこには、ゴッホ、シャガール、モネ、ベロー、セザンヌ、ルノワールと絵画の世界に入って、何か新たな喜びが沸いてきて、身も心もいっぱいになり、6Fへと目的のル・シネマに向かった。窓口でチケットを買った。幾つかある映画館の入り口の前で待っていると、間もなく中に案内された。50~60席ある紺色のシートで統一されたシックな館内であった。車イス席も両サイドにありスクリーンも見やすくなっている。心地よいひざ掛けも貸してくれた。まだ、誰も入ってはいなくしばらくの静寂を感じた。
この日の最終の上映なのでお客の入りは6割程度、いよいよ「オアシス」が始まった。上映中、退席した人はひとりだけだった。

ジョンドゥとコンジュ 
これは韓国の純粋な恋愛映画であるが、同時にこの映画に登場する主人公は周囲の先入観や偏見を跳ね除けてでも、登場するふたりは前科3犯、ムショ帰りの社会に受け入れにくい青年ジョンドゥと、在宅を余儀無くされ、兄夫婦に利用されて身障者用のアパートを取り上げら、古びたアパートにひとり生活している、脳性マヒの女性コンジュの悲劇とも言える鮮烈な出会いとその後のふたりだけに通じる愛の物語である。
ジョンドゥの罪のひとつは兄のひき逃げの身代わりになり刑期を終り、その謝罪に尋ねるが被害者の兄夫婦は引越しの最中で、妹コンジュを一人残していく。
身体の不自由な手足、全身を使い、鏡に反射する光や影でハトやチョウを見て無心に楽しむコンジュ。ジョンドゥはそんな彼女が気になり尋ねるが、コンジュの世話を任されている隣家の主婦に会ってしまい花束だけを渡して一旦去る。カギの隠し場所を知った彼は、人目を避けて彼女の部屋の中に忍び込み、「女として可愛いよ」と思い、彼女の意思を無視するかのように腕や顔を触っているうちにジョンドゥは欲望の思いを遂げたくて押し倒してしまう。不自由な身体で必死に抵抗し、極度の緊張から失神してしまったコンジュにジョンドゥは慌てて彼女の顔に水をかけて逃げ出してしまった。

恋へのあこがれ 
脳性マヒと言う障碍の十字架を背負って生まれ来て、女性としても自覚を始めた、美しいものへの期待と不安が「恋」へのあこがれを、土足で入り込んできた前科者のジョンドゥのために、夢を打ち砕かれてしまったコンジュは改めて障碍の持つ悲しい性や異性への期待が突然に真っ白になった。気がつくとコンジュの気持ちは安らぎと女性として見られている思いが熱く身体で感じられるようになっていた。       
愛しいジョンドゥへ、言語のある言葉で思い切って電話をしたコンジュの元に現れたジョンドゥに聞く。「何故、私に花を届けてくれたの?」しかし、ジョンドウには何故か分からなかった。たちまち打ち解けて、彼はコンジュを「姫」と呼び、ジョンドゥを「将軍」と呼び合うようになった。恋をすると周りが見えなくなる。ようやく心の通じ合えるようになったコンジュの障碍のあることも車イスであることも、前科のあるジョンドゥのことも、ふたりにとってはどうでもよかった。
いつも部屋に閉じこもっているコンジュを屋上に連れ出しうれしそうに歓声を上げる。それからのジョンドゥは真面目に働くようになり、休日になるとデートを重ね、あるときは彼女のために「洗濯」をしたり、無心にジョンドゥは彼女をぎごちなくおんぶし、車イスを担ぎ、階段を駆け上がり電車に乗ったり、ジョンドゥと同じ普通の生活を経験させてくれる世界はコンジュの住む生活が突然に別世界になった。
若いカップルと同じように、突然にチョウが2匹舞い降りて、そこにはコンジュは殻から抜け出たひとりの美しい女性となり、ジョンドゥと手を取り合い踊り出す夢見るシーンがチョウが舞い降りると何度となく現れるが、障碍の殻から抜け出たコンジュの現実を、観衆は物語に吸い込まれていく。

偏見と愛
 コンジュの寝室の壁には、オアシスのタペストリーが掛けられている、夜になると風に揺れる木の枝の影にとても怖がる彼女にジョンドゥは「怖くありませんように・・・」と呪文を唱えてくれる。
このような瞬間、コンジュは障碍であることを忘れ、ジョンドゥの存在は周囲から喜ばれていないが、彼は愛される人間になりたいと純粋に思っていた。
ふたりの付き合い生きていくためには世間の風当たりが強かった。お腹が空いたので、レストランに入っていくと店主もお客も怪訝に見る。「食事をしに来た」と店主に言うと「車イスはお断りだ」と言われ、コンジュは戸惑いジョンドゥは怒って出て行く。
ある日、ジョンドゥの母の誕生日の会場にコンジュを同伴すると、兄たちが「何故、連れて来た」と咎めるがジョンドゥは「大勢で祝いたいから・・」とたのしく振舞おうとするが、記念撮影もコンジュは締め出され、気まずい空気の中でジョンドゥと共に会場を逃げ出し、傷ついたのはコンジュであった。
ジョンドゥは謝り、彼女のことをいつの時も普通の愛しい人と思い、カラオケに行ったがコンジュは胸が詰まって声が出なかった。しかし、地下鉄に乗り遅れて二人きりになったとき、また、チョウが2匹舞い降りて、空想の中でコンジュは車イスから立ち上がりジョンドゥのために、もし、言葉が不自由でなかったらこんなふうに歌うだろうと空想の世界で優しく歌う。
やがて、一緒にアパートに帰って来たコンジュは帰ろうとするジョンドゥに向かって「帰らないで」と引き止め、コンジュの方から「泊まって?」と言い、「女性からそう云うことは分かっているでしょう」と思い詰めたようなまなざしで見つめる。あんなにコンジュを求めていたのに、ジョンドゥにとって本当に愛してしまうと介助することは出来ても、すでに壊れ物に触るような大切な存在になってしまっているコンジュに自分から求めることが出来なくなっていた。
ふたりは本当に結ばれたいと思いぎごちなく愛し合うが、そこへ偶然に訪れた彼女の兄夫婦はふたりの愛を理解しようとせずに、一方的にジョンドゥは「強姦容疑」で逮捕されてしまった。しかし、隙を見て逃走し彼はコンジュの家の前の木に登ると、興奮したように枝を切り倒しながら何事か大声で叫び、それを聞いているコンジュも何かに慄き、窓に擦り寄りジョンドゥの姿を探し求め悲しそうに垂れている。
翌日、警察署にコンジュとその兄夫婦、そして、ジョンドゥの姿があり、ふたりにそれぞれに係官から尋問を受けるが、ふたりとも黙視を続ける。ふたりの目には周囲への怒りもあったが、理解されない人々に言い訳をする気持ちもなかった。あの時のふたりの愛情は誰にも理解されなくとも、お互いが信じていればよいと思っていた。ジョンドゥは黙視のまま再び、刑務所行きになった。
明るい陽を浴びてふたりで口ずさんだ歌を心で奏でながら、コンジュは部屋を掃除しようと不自由な身体を動かし、ふと、目を輝かす彼方の向こうに刑務所から「愛しい姫よ・・・」と手紙が届けられた。人の出会いは愛を感じたその瞬間が大切だと思った。

障碍者たちとの出会い 
「オアシス」の物語の将来は見る人の主観で違うと思うが、私は希望の持てる余韻を残す結末を予期された。
コンジュ役の女優ムン・ソリは、最初にオーデションで脳性マヒの女性の役を練習し、その様子をビデオに撮るように言われ、そのビデオを自分で見て、とても出来ないと思ったり恐怖心に駆られたりしたそうだ。
実際に脳性マヒの障碍を持つ女性たちと友達になり、食事をしたり、映画を見たり、酒を飲みにいったり、生活を共にすることもあった。同じ人間的な友情から心が通じて、ムン・ソリ自身、偏見があったことに気づき、脳性マヒと言っても、一言では片付けられない障碍がさまざまであることも知った。
性格が違うように、10人の脳性マヒの人の状態が違うこと、失っている物があると同じくらいの優れた能力が備わっていることなど、体感で学んだ共通点が実際の役作りにつながり、いい女優になるためのハードルを越えることが出来て出演を決めたそうだ。
そして、ムン・ソリなりのコンジュ役が画像として見事に描かれて、セリフの少ないだけ表情で手足の先々まで神経が行き届き体当たりの演技をしている。
観衆は今まで知らなかった世界を感じた人が多いと確信するが、障碍を持つ私から見た感想は、日本の脳性マヒの障碍者がきっとひとひとりの感想や批判もあるだろうと思う。障碍者の美しい上辺だけ取り上げている、日本のドラマや映画よりも、実際には日本でもこのようなカップルは実践で何人も存在するし、これからも増えると信じている。
脳性マヒを表面からしっかりと取り上げた脚本、監督のイ・チャンドンの勇気ある若さに喝采を贈ると共に、これからの日本の題材ももっと真剣な身近な内容に感動出来るような作品を望みたいと思った。
そして、当時者の私たちももっと「さらけ出した生き方」がしたい、豊かな心で生きたいと本気で思い、高齢も障碍の壁を自ら無くすことが、平等で生きられる現在の社会の責任であると感じた。愛には偏見や習慣を打ち砕けるだけの力があることを信じたい。
by rakudazou | 2004-05-08 17:02 | 《エッセイ》中村陽子