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障碍を持つひとの楽しさを支援しています!


by rakudazou

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はじめに 005.gif021.gif
 
 雑誌の束を整理していると30年前の私も関係していた団体の会報が出てきて、読み返してみると社会の移り変わりも生活の内容も大きく変化していますが、障碍者が外に出るためには自らの努力と目的はあっても、基本的な内容の進歩が余り変っていないと言うことに気が付きました。公共機関や街づくり、移動手段と便利にはなってきていますが、車イスで家の中から外に出ようとする時の内容は大きく変わっていないように思います。
 30年前は不便なことはあってもそこには制限などもゆるやかで精神的にのんびりとした生活が存在していたように思います。現在の社会は生活の現状などは変化する度に個人負担が大きくなり制約制限も生活に関わってきて、30年前も今も自らの努力がなければ在宅障碍者の生活は変化ようもなく、その頃から「在宅する重度な障碍者」と共に最初はドライブ旅行から始まり、もっとみんなで感動出来る旅行をしたいと勧めて来ました。大きく変わったことは車イスのままで自由に旅行が出来るようになったことでしょうか。1976年頃の抜粋で振り返ってみましよう。
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 幼い頃に結核性の胸椎カリエスになってしまったのは生まれた時代が悪く、子供の頃は寝たきりの状態で長い間入院をしていました。固いギブスベッドの中で、顔を真っ直ぐにして天井を見つめたまま病室の限られた窓から外気の気配を感じることしか出来なかったのはもう、遠い彼方のことです。好むと好まざるに限らず、閉じこもりがちな障碍者を知る度に何故かその頃のことが思い出されます。何年かぶりでベッドに寝たままで外に連れ出されて空の明るさ空の広さが目に痛かったこと、こんな広々とした世界があることを忘れていたことを知りました。あの時の草の匂いと青空の美しかったことを今でも鮮烈に心に残っています。
 どんな重度障碍者にとっても、精いっぱい生きる権利として広い空の下で明るい街に出かけるということは当たり前のようですが、そんな簡単に「さあ、みんなで外に出ましょう」とは言えない現実が有ります。何不自由なく誰にも遠慮なく出かけることがごく普通の世の中で、まだ、まだ、重度の人にとつては、家人の人手を借りなければ自分の用事も足せない、家の中から1歩も外に出られない現実が山のようにあります。
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 こうした家庭の中に埋もれた障碍者の1人でも多くの人を外に出られる機会が出来たらと思っています。また、機会を通じていろんな体験や多くの人々とのふれあいからどけだけ生きることへの自信につながることでしょう。
 地域のそれぞれの社会で生活を始めると住んでいる街の周辺の変化に慣れるまで、また、街の人々が車イスの人々をを受け入れてくれるまでにはしばらくの時間はかかります。車イスで買い物に出かけるとどんなふうに見られているか、どのように扱かったらよいのか戸惑っている周囲を目にすることがあります。周りの人々が車イスを見慣れてくれることです。そして、暫くすると車イスの壁が取り払われ、まるでそんな心の不安がなかったかのようにお互いに自然な気持ちで街の商店の人々とも久しくなり、その人の必要なわがままも効いてもらえるようになります。人により依頼することは違いますが、例では、スーパーなどで買い物をした時、その袋を車イスの後ろのバックレストパイプに袋を掛けてもらうことが習慣になったりします。車イスの存在を地域で認識してもらうためには最初の時間は必要ですが、車イスを見慣れて理解し合えば、この次、この街で暮らす障碍者とってはきっと住みよい街であると思います。
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 私たちがどこに出かけるにも、階段はないだろか、洋式トイレはあるだろうか、自動車の駐車場はあるだろうかと確かめないと安心して出かけられません。日頃から自転車が軽やかに走っているように車イスでも気軽に街へ飛び出せるようになったら素晴らしいと思っています。そのうち自転車のように車イスも同じような存在になる時が訪れることでしょう。
 引越して間もない頃、近くに郵便ポストが見当たらないので探しました。「この辺に郵便局はないでしようか」と尋ねると北と西にあると言われました。一番近い西の郵便局に早速に行ってみましたが、前にあるポストの下に30㎝ほどの高さの台があり車イスでは投入口まで手が届きません。郵便局に入るのも2段段さがあり1人では入ることが出来ずに、少し遠くともなだらかなスロープで入れる北の郵便局に行っています。私たち車イス使用者は遠い近いより使い勝手の良い施設や店を優先させます。区役所や銀行、郵便局とか、記入する台がみんな高くて台紙を貸してもらったり、低い台を探したりと車イスの存在を誰か気づいてもらえないかと、いつも周囲に気を使ってしまいます。
麹町の三菱銀行は月に1度行きますが、駐車場から1段15cmほどの段差が最初にあったのですが、何度か行っているうちに手作りのスロープが置いてあるようになりとてもうれしく思っています。
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 最近、これでよいのだ!!と思うことが幾つかありました。そのひとつは練馬の目白通り
にあるスーパーマーケットの入口は4段の階段が最近までありました。この階段の真ん中に人目にも止まる緑色のきれいなスロープが付きました。スーパーでは車輪の付いたキャリーカーやベビーカーが出入りし易いように作られたので、車イスの出入りのためにだけ作ったものではないかもしれませんが、スロープが付いたということは勾配が急なので一人では入れませんが、通りがかりの人に「すみませんがちょっと押してください」と頼むことで入ることが出来ます。どんな極端なスロープでもありさえすれば女性の人でも助けでも自由分に上がることが出来ます。もし、4段の段差を上げてもらおうと思ったら2人の男性の人の力を借りないと無理でしよう。
 私たち車イス使用者は同じ手を借りたり頼んだりする時でも相手に出来るだけ負担がかからないように日頃から心がけています。
 通りがかりに青山の骨董通りでランプシェードを扱っているショップは入口の真ん中が平らなる両側に一方は階段ですが、もう片側はゆるやかなスロープになっていて、とてもうれしくなりそのお店に入ってしまいました。もしかしたら建物自体のデザインだったのかもしれませんが、いつも車イスで入れるステキな店先を見つけるとつい入ってみたくなります。
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 この頃では歩道の段差解消はされて来ているようですが、車イスの立場としては全くの階差解消とは言えません。歩道にいくらかの段差は残っており平均して5㎝ほどの高さです。この些細な段差さえも車イスや電動車イスでは一旦止まり、その度に前輪を上げて「よいしょ」と上げなければなりません。脇見運転をしていたら前のめりに身体が地面に落ちてしまいます。この操作が出来る人はよいですが、出来ない人には段差解消も何の意味もありません。
 この歩道の段差のことでしみじみと思うことは、自動車の出入りが激しい会社の前とか、店先、車庫の前にはほんの少しの段差でも平らな鉄板が置かれているのです。車イスのために作られたのではないことは分かっていますが、私たちも便利に使えます。仕事をするにでも毎日のことには段差が解消されたほうが仕事がし易く余計な力を使わなくとも済むからです。便利なものは誰にでも便利だといい続けていますが、車イスや電動車イス、歩行障碍者はいつの時も街中を出歩く時にはこの余計な力と神経を使い続けているのです。
でも、そんなことにへこたれないで私たちがこれから積極的に街に出歩かないと暮らし易い街にはなりません。街の人々に力を借りることが多いですが、街の皆さんと話し合い、協力し合い、その中で私たちにも役に立てることがあると思います。お互いに住む街に解け込んで協力し助け合うことにより明るい調和のとれた世の中になったらと思っています。障碍を持つ人がいろんな機会を通じて、1人で駄目だったら「みんなで外に出る」ことにより大きな自立となっていきます。003.gif
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by rakudazou | 2006-07-31 18:31 | 《エッセイ》中村陽子