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by rakudazou

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今年は変化のある年に・・・ 
 ずっと探し物をしていて、見つからないでまた、新しい年になってしまった。100年に1度あるかないかの不況の中で、まだ、ヌクヌクと生活を出来るのであるから幸せなのだと思いながらも、人生はこのままで終わるのだろうかという不安と自分の身体の衰えに自信をなくしているのも確かなようだ。生活も身体もこのまま現状維持ができていれば良いのだが、何処かで生活を投げているところもあり、ずっと私の生き甲斐探しをしてもう、生き甲斐なんてないのかもしれないと思うこともある。
 5月から介護保険の生活に以降する。このような制度が出来てしまっているのだからその年齢が訪れれば自動的な日本のシステムなのだ。何事も生きている事は経験で、私はこの制度とどのように今後立ち向かうのか?大きな課題である。既に、最初は自分でケアプランを計画してみょうかと思ったが、ヘルパーの派遣の都合は私の思うようにならないと思い、派遣会社の責任者の薦めもあり、ケアマネージャーは大森西看護ステーションの私の日常医療を把握している資格のある人が受けてくれるという事が決まっている。徐々に体制が決まるが、障碍者から高齢者になる訳である。

あなたの歳までは生きたくない。
 若い頃は障碍があっても将来に何があるのだろう?と未知のものが感じられたが、人生なんて駆け抜けて月日は過ぎ去る。「本当にこんなに生きるなんて思ってもいなかった」だから、おまけの人生なのだから、もっと強く生きているという実感がほしいと思うことは贅沢なことなのだろうか?
 人生に勝ち組負け組みがあるらしいが、私は最初から決められた人生のようにも感じるが・・・?その結論は今は出したくない。
 愛するあなたが亡くなって3年半余りが経ち、思い出しては涙が止まらない。唯、あなたの召された年齢までには私は生きたくない!!おめおめとあなたの生きぬいた歳を追い越そうとは思っていない。
 これまでの私の人生、私の関わる人々にその都度、幸せを振り撒いてきた。それが備わった性格なのだから仕方がない。「種を撒かないものは花も咲かない」というが、私の中ではあなたとめぐり合えたことだけが唯一の幸せである。けれど、あなたの十数年の晩年は本当に死にたいくらいきっと自分の力で死にたかったであろう。両手両足の自由を奪われて施設の中庭だけでも「もう1度運転をしたい!!」と願っていたが現実をどんなに辛く悲しかっただろうか?
あなたの不自由さから思えば、私の不自由さは比べ物にならない。そんな元気をもらって、あなたの側に行ける日まで今年も頑張ろうと、自分探しをすることになる。

どっちが先なの・・・ 
 最近の母は「お前と私、どっちが先か競争だね」という事を話す。あぁ、母は私のことが心配で死ねないのか?と思う。私は歳の順番と思って来たが、私が先に逝ったら母はきっと後を追うだろう。そう、思うと現実に私はハナコが逝ったら後を追いたいと思う。あの小さな身体で私のために頑張って生き抜いてくれているハナコがとても愛しい。しかし、この小さな命は限界が来ていると思う。私の命とハナコの命はつながっている。
 父が亡くなったのは2001年の7月であるが、この年以後、母は私のところで新年を迎えている。いつもこれで最後かもしれないと思いつつ、今年で8年目になった。母は早々と私のところに行く時のいろんな食べ物を揃えているらしい、それも母の生き甲斐なのだからいいのだろう。
 母は今年で満88歳を迎える。31日の大晦日と2日の新年に近くのお風呂屋さん出かけた。体重計に乗ったら35kをキープしていた体重が35kより減っていると話した。母の50gとか100gという減少は元に戻すことはとても難しいものだ。体重が無いと体力も持たないと思うが、おかげさまで新年からとても元気である。
 4日間が過ぎて、もらっても書いていない年賀状を書いているうちに連休がまた、訪れて2009年も私の日常のスケジュールは始まっている。
by rakudazou | 2009-01-14 21:28 | 《エッセイ》中村陽子