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by rakudazou

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研鑽つまないと

失ったもの成功したもの
2010年を迎えて3月になり春を迎えている。窓の外に見える小さな公園の梅の木が、通院や買い物で見上げるとこの梅の木はさほど大きくならないが、地味な花でも満開になると香り豊かで、枝の合間に紅白の花であることを近くで見上げて初めて気づいた。私がこの地の住むようになって5月で20年という年月が流れる事に気づき長く生きてしまったと思う。d0019913_22155797.gif
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 今、精神的に草臥れて空洞化というか、身体も重度になってしまった。これから次第に体調も変わるだろうし、避けられない老化である。長い間つながりのある人たちとの人生観が変わって来たことが身近に感じるようになってきた。意志の疎通がなくとも、自然に任せれば音信普通は元気な証拠、長く生きていると人々の関わりも変化が生じ、身の丈の付き合いの方が気疲れしないし、返って元気で過ごせるように感じる。その時々の流れには何事にも逆らうのは辞めようと思うと心が落着くようになった。
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1月末に昨年からの話で、2度目の神経因性膀胱のために排尿は膀胱瘻を作り、今回は尿漏れも少なくて少しは楽になり結果としては成功であったと思う。手術を行った医師は「当分はこのままでよいが先行きは自宅で訪問医師か看護師が交換出来るといいね」と優しく言った。多分、実現、先々では出来るようになりそうである。
長年の自動車運転生活も既に昨年の2月に、長い間の肩の痛みから、東京年金病院に通院に運転した時以
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来、自分では運転する事に自信がなくなり、それから1年後の2月15日に私の愛車はなくなった。愛車にワインをかけて労を労い感謝をして見送った。いつもの駐車場に車の姿がないという事は寂しい限りである。2度と運転する事は出来ないであろうが、いろいろな人に乗せてもらう事は出来るであろう。今は夢の中ではしつかりと運転している感覚が蘇ってくることが懐かしく嬉しく感じている。

春兆氏のこだわりと生き甲斐
 3月20日、JR田町駅から徒歩、5分程の東京都障害者会館に久しぶりで訪ねた。この会館はすべての障碍を持つ人々の1度は訪れたと思う、半世紀近く集う場所である。
 障碍者の文学を語り詩、短歌、俳句を読む「しののめ」という月例会が創刊し60年以上も活動の中心である花田春兆氏を初め数人の集まりの席に、何故か出席していた。集まりの課題は「しののめの延命」であった。春兆氏はみんなから先生と呼ばれているが、遠くから見ている頃は、私はそんな事も知るよしもなかった。芯は想像を超える強い意識が見え隠れするが、普段は穏やかで少しも奢り高ぶることのない人柄でお互いに障碍者同士として見ていた。考えてみると知り合って35年以上は経ち春兆さんと呼んでいる。しののめはこの世界では余りにも有名ではあるが、私は視野から離れた付き合いである。d0019913_22221982.jpg
 しかし、春兆氏のいう、店じまいを発表してしまった以上、今さら延命工作をしようとはと語るが、高齢化社会の時代の中でどこの団体も後継者がいなくて同じような状況の団体は多くある。
 今だって名ばかりで、殆ど死に体ではないか、と言われてしまえばそれまでだが、私は終わらせたくはなかった。と春兆氏は書いているが「私の終わりが総ではないはずだ。そんな貧弱な「しののめ」ではない。復活、再生、延命工作と密かに白羽の矢を立てたい人はいるが本人は知るよしもないと熱い思いを託しているが、実際は春兆氏の生き甲斐そのもののはずである。今では特に例会に出席すること時代生き甲斐でありたのしみだと思う。60年という重みも偉大であるが、春兆氏の歴史であり、日本の障碍者の歴史そのものである。外野からとやかくは言えないが、幕を自分の手で引くのもひとつの方法である。何よりの方法は春兆氏が健在で活動が出来る限り、店じまいの継続が必要である。このような良き趣味を共有出来る人々の集まりは貴重に感じる。春兆氏から物を書くエネルギーを奪ったら腑抜けになり寡黙な高齢障碍者にならないように、毎日、電動車イスに乗り、パソコンに向う意欲こそ、溢れる書物や短歌や俳句が生まれるのだと期待したい。

西尾夫妻の話
3月18日、月に1度の健診に東京厚生年金病院に友人のミニカー〔スロープ付き〕に乗り出かける。私を降ろした後、新宿・戸山ハイツに35年間住む、西尾夫妻も健診のため迎えに行った。西尾さんは明るい性格で人情のある人であった。幼い頃、精髄カリエスの障碍になり、昭和30年代の初めに、当時の国立身体障害者センターの先輩で長年に渡り印刷業をしていた。心優しい奥さんと二人三脚で仕事こなし一人娘も立派に育てた。故郷の鳥取で幼い頃、母の背中におんぶされてよく外に出たという。
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元気な頃は、仕事も起動に乗り、仕事の合間にはよく友人を集めてはマージャンなどに興じた。私も仕事場で電話などで長話をよくしたものだ。話しの中で「0さんは詩人でみんなにカラオケを指導していて、彼が亡くなった時にはいっぱいの花々に埋まるだろう。ボクが死んでもそんなに花は届かないだろう!!」と嘆き、男性はいつの時も見栄張りなのだろうかと思い出す。西尾さんは殆ど奥さんが手足となり、自動車の運転だけ水を得た魚のように、仕事も余暇も運転をして、運転出来ることが奥さんに対する自慢できることだと以前に聞いたことがある。
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障碍を持ち、歩けなかったり自由に身体が動かせなかったりすると、トイレに行くのが億劫になり、特に外出する時などは、今のように完備されていなかった為に、更に水分を控えてしまう傾向は仕方がない。西尾さんは昔から水分を取ることが少なかったらしく、長年の間に身体そのものが悲鳴を上げて、障碍以外に年齢を重ねると共にほころびが出で来た。腸に穴がそれも二つも開いてしまって、人口肛門となり、その後、血液も濃く脳梗塞になり不自由なのに、更に左半身と言葉が不自由になってしまった。現在も水分を取ることに努力が見られなく、尿がドロドロになり、便も未だコロコロと硬いという。奥さんは自分の身体もボロボロに弱りながらもしっかりと支えて、日々、懸命に介護している。73歳になる西尾さん、可愛い孫の空ちゃんも生まれて、確
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実に次の世代に引きづかれている人生なのですから、二人共、仲良く元気で過ごしてください。いつも出会うのは病院の外来か入院している時であるが、不思議と車イス同士ではこのような場所のほうが無理しないで話せるが、二重障碍になってしまった西尾さんは、周囲の出来事、話している事は全部分っているはずなのだが、何も知らない素振りはプライドがそうさせるのかもしれない。ディサービスにも週に3回通い、入浴して、若い介助者に勧められると水分も自宅にいる時より倍も水を飲むとの話ですから、家でも努力して水分を補給してください。障碍とは関係なく、身体をおろそかにすると年齢と共に、必ず、身体が弱り痛みが出て、次第に緩慢になり不自由になることは自然であるが、生かされている現実は必要とされている人生なのですから大切に生きることが誰でも大切である。
by rakudazou | 2010-03-22 22:26 | 《エッセイ》中村陽子

ハナ太郎との日々

ハナ太郎は5ケ月になりました d0019913_2217156.jpg
長年病んでいた愛猫のハナコも昨年12月8日に火が消えるように見守られて15年と半年近くの生涯を閉じた。翌日、火葬にされて、小さな骨壷に収まったハナコの姿を見て悲しみに沈んでいた。ハナコはずっと以前から私のことを考えていたかのように1週間後、お世話になった獣医夫妻が親猫から捨てられた黒猫の赤ちd0019913_222276.jpgゃん、生後2ケ月過ぎの子「ハナコから送られたハナ太郎」が来たのだと心から感じた。悲しみの心の整理が付かないうちに、存在感のあるハナ太郎は、とても腕白で甘え坊で私のすべてを癒してくれるようになった。天国のハナコにとても感謝し、私の日々は次第にハナコの存在から、じゃれて遊び跳ねるハナ太郎の存在を伝わってくるようになり、身体に感じる暖かいぬくもりが幸せな感触を感じている。
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 そのハナ太郎も5ケ月を過ぎて、体重も3kも過ぎて体型大きく成長しハナコと比べると男の子らしく育っていd0019913_22253094.jpgる。3月の初めにまるで知恵熱のように40℃の熱を出しぐったりした。ハナ太郎は母猫の初乳を飲んでないから抵抗力が無いかもしれないと云われているが、早々に獣医に注射と薬を処方されて飲ませた。最初は素直に薬をゴックンとしてくれたが、元気になるとい嫌だと後足で胸元を蹴って逃げ出し、今は元気そのものである。体当たりでキャットタワーに飛びつくとタワー毎、何度も倒れている。寂しくなると泣きながら私の胸元に抱きつき、まるで黒いマフラーのようになって抱かれているが、抱えている私はしばらくすると重くて胸が苦しくなるくらいである。
 
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最近は安全のためにゲージに入れて置くが、寝る所だと思い半日くらいの外出ならおとなしく留守番も出来るようになった。黒猫なのだが、今は育ち盛りなのでどのように変化するかは分らないが、まず、赤ちゃんの頃から胸元に少しであるが白い毛のポイントがあり、耳裏、手足の後ろ、お腹全体に渡り、グレーでも茶色でもない毛の色が次第にはっきりとしてきて、大人になった時にはどのようなハナ太郎になるのか?楽しみである。d0019913_22282136.jpg
 よく昼寝もするが、運動した時にはワォーと唸りながら室内中を走り回り、背も高くなり、ハナ太郎は花を食べてしまう。テーブルの上も洗濯機も上でも、殆ど飛んで上がって悪戯をしている。大好きなタオルがあり、口で銜えては両手でモミモミの仕草をしている。来客大歓迎、足元に付きまとっては「みんなボクが大好きだ」と歓迎する人は何故か、本当に「猫が好きな人」だと分っているようだ。
 かまってほしい時には何処にでも寝転がり、私の車イスが行けなく妨害が激しいと私は、シッポや手を掴んで退かしてしまう。やんちゃなハナ太郎は日々、変化し私の見える位置に存在している
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by rakudazou | 2010-03-20 22:31 | 私の猫・ハナ太郎との日々