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by rakudazou

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三崎の河津さくら

さくらだより 
 今年は開花時期が遅れますよと言われて3月も半ばも過ぎる頃に、小さな駅に「三浦三崎で河津桜とまぐろを食べよう!」とポスターの見出しを見て、駅員さんに「咲いていますか?」毎日届くさくらたよりが行ってみたい時期と機会が偶然にもあって、やさしい春の日に誘われて、最も今まで沢山乗ったはずの知っている人は知っている
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エンジ色の京浜急行に乗り、私をガードしてくれる友人と共と「花より団子」の小さな旅をした。一旦、川崎で急行に乗り換えて初めての電車での三浦河岸行きである。

若いころ
 20代~30代の頃、朝早くから、自動車を運転して唯、唯、国道をまっしぐらに大型自動車の排ガスで顔を黒くしながら走り続けて、幾つもの隧道を抜けると衣笠の地名を見ると、あと、もう少しだと思ったものだ。当時、城ケ島大橋を渡ると車いすや杖でも動ける場所や砂浜があり、潮風と新鮮な空気を吸って、釣りを楽しみ散策をした。
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青空の向こうの浪間を走る観光船から北原白秋の「城ケ島の雨」のメロディが時々流れていたが、1度も雨には降られた覚えはなかった。釣り上げた魚や海の中に転がしておいたスイカなどを食べて充分に幸せであった。若いということは貧しいと言う意味は頭の中から弾けて、貧しいと言う人のほうが心も身体も貧しいと思っていた。何かに向かって行動するだけで充実さと生きている幸せを感じたものである。

 さくら、さくら
 
d0019913_172581.jpg車窓から景色を見ていると1時間足らずで三浦海岸駅に到着した。直ぐ目に飛び込んできた濃いピンクの河津桜が満開で微風さえも無くて、さくらの木の回りには歓迎するベンチ置いてあり、みんな「きれいだねェ」とうれしくて一斉にさくらを見上げてしまった。
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ベビーカーの若い家族、熟年のご夫婦が「立派なものに乗られて・・・」言われて、車いすは立派でも「私の運転は不慣れです」と言ったがかなり私の電動車いすは目立っていた。みんなきれいな桜と葉の花の咲き誇る緩やかな坂道を記念写真を撮る人、花々を写す人、順番を譲り合いながら気分はみんな友だちになったように「今、会った人は今日から友達気分」であった。陸橋の上からは多くのアマチュアカメラマンが葉の花畑と今や盛りの河津桜の間を走る京浜急行の瞬間の姿を写そうと見まがえていた。d0019913_1215575.jpg途中、松が丘公園という小さな公園で一息して、桜見上げては前輪の回転する段差の少無い道路を導かれて、新しく建てられている住宅街を見つけては「住む佳人を想像しながら・・・」すこしずつ坂道を登って、きっと1キロ少し先が三崎口駅であった。この先からは電車は無く京浜急行のバスだけだそうで、そのまま三崎港まで走ろうと思ったが、バスでも15分はかかると言われて、体力を蓄えるつもりでバスに乗ることにした。    

マグロづくしのランチ
 しばらくすると京急バスの担当の人が来て、横の入り口からスロープが出てきて「乗って下さい」と合図があった。じつは私はこの電動車いすに乗り公共バスのスロープを利用するのは初めてで内心はドキドキ、でも、このような時も必ずあると思い、それまで練習してきた乗り降りの感覚を思い出しながら、スロープと車との位置だけを指示してもらって、真剣に止まることなく上手に乗ることが出来て、心からよかった!と思った。
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最初に乗せてもらって、待っていたお客がどんどん乗り込んできて今までに無い混雑さであった。バスから降りた景色は、三崎港は静かで大型船もいくつも見られて、周りに「マグロ、マグロ」の店があり、港の側に大きな魚市場があった。中に入ると更に人の活気が伝わり、お腹ペコペコで人の良さそうな店の人に「私の入れる美味しいお店がありますか?」と尋ねると親切に近くまで案内してくれた。
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「魚音、うおとん」という店の前には、目当てで待っている人の行列があった。友人に車いすの席を確保してもらって、ほどなく席に付き、みんな満足そうに食べていた。おススメのメニューと赤身、中トロ、大トロの刺身を注文して、腹7分目程度に食べて、みんなの幸せそうに食べている様子を眺めていた。店を出るとまだ、まだ、行列は絶えていなくてきっと有名な店なのかもしれない。
 

可愛い女の子
  帰りには歩いて眺めた河津桜と菜の花の並木道が走る車窓からな何倍の速さで観られて、今年初めてのさくらに別れを告げた。電車に乗り込むとてもハニカミ屋さんの小さな女の子が隣にチョコンと座った。並んで座る友人が言葉をかけると顔中嬉しそうに笑みをうかべて大きな目をクルクルさせながら、頭の中で何か云わなければと側にいるママに助けを求めながらもずっと身体を緊張させて終始ニコニコしていた可愛いおさげ髪の女の子の会話が楽しくて、川崎でさよならをしても心に残った。最後にコーヒーで一服してから帰途についた。すでに、町も私の電動も走る自動車などもライトを点灯する夕闇になっていた。
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by rakudazou | 2012-03-23 01:22 | 《エッセイ》中村陽子

回復を祈ります。

小澤征爾さんの休養
 d0019913_072089.jpg1年間の活動を休むことが発表されたが大変に残念であるが前向きにかんがえよう。ガンは克服出来たが、あの全身に力あふれる、今までの数え切れないほどの指揮のスタイルはきっと越でも身体中を痛めてしまったのてしょう。ゆっくりと休養して、音楽活動の総集編が観られるように心から祈ります。我も体力をつけて、来年は絶対に小澤氏のコンサートに行けることを目標とししょう!!元気に戻ってくるように回復を世界中の音楽フアンが待っている!!斉藤先生、カラヤン先生、バーンスタイン先生、見守ってくださいね。

小澤征爾さんが復活宣言をしたよ!!
 大変な闘病生活でしたね。身体がひとまわりも小さく見えて、最近、相次いで日本の芸術の宝が遠くへ逝かれていましたので、本当にそんなことも考えてしまいました。
 私の身体も何とかして、昔、日比谷公会堂でコンサートをよくしていた時に、今はなくなってしまったようですが、おしゃれな小さなレストランの中や外で何度となく突然と会い「やぁ」と親しく話しかけてくれた時にサインをもらっておけばよかったと今でも後悔している未熟者です。
 ラーストの音楽生活を期待しています。私も行けるように努力いたします。回復、本当におめでとうございます。
by rakudazou | 2012-03-08 00:15 | 《エッセイ》中村陽子