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by rakudazou

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はかない、いのち
 d0019913_15361991.jpg美しく咲いてパッと散るさくらの花のように、晴天の秋空の日、私の心は深い悲しみと自らの力の足りなさを思い知らされました。

20151010(土曜日)、私の可愛い可愛いオカメインコのしのぶちゃんが突然に亡くなりました。d0019913_20331009.jpg夏の疲れが癒えぬままに、その現実を信じられなくて唯、茫然としました。私の油断なのか?しのぶちゃんに風邪を引かせてしまいました。もっと、もっと注意をしてあげればよかったと嘆き、こんな急に小鳥を失ってしったのは初めてのことです。

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8日、夜、寝るまではあんなに元気で鳴いていたのに・・・最近の急激な温度差が影響してか?私がもう少し温める事に注意をしていればよかったのに・・・可哀想な私の可愛いしのぶちゃん、どうして、早く気づいてあげられなくてごめんなさいね。d0019913_15094832.jpg

d0019913_19324266.jpg9(金曜日)昼に近い朝、この曜日の私は、8時過ぎにヘルパーさんが起こしに来て、同じ時間帯に訪問看護が入り、10時前にリハビリの先生が訪れて、私はようやくと車イスに乗れるのが11時近くにならないと起きられません。毎朝、元気に鳴たり歌たり、私としのぶちゃんの幸せな日々でした。この日の朝はベットから呼んでもしのぶちゃんの鳴き声は聞こえませんでした。

d0019913_19342934.jpgいつもであれば、朝一番に元気な声が聴こえる方行に向かって鳴きながら~~~(^∇^)おはよー♪とおしゃべりをするのです。この日、私がしのぶちゃんを見た時には、その様子は一目でおかしいと感じました。止まり木には止まっていましたが、身体は膨らんで体調のおかしい気配を直感しました。小鳥はいつでも元気そうに見せていますが、様子の変化に気づく時には手遅れという苦い経験が思い起こされました。私はこの時点でたとえようもない不安が広がり何とか、しのぶちゃんを助けなければと思いました。d0019913_19324266.jpg

直ぐにチワワのチョビ君のママに連絡して、近くの動物病院に診て貰いたいと電話をしました。小鳥を診る院長先生の奥さんが出て、これから、大きな手術が有り、夕方で無いと診られない、長く待たせて具合が悪くなるよりは他の動物病院で早くに診てもらってはどうかと予想以外の返事でした。

d0019913_19473904.jpgこの時点で他の病院で小鳥を診て貰えるか、どうか確認をせずに、次に近い動物病院にしのぶちゃんを小さなゲージに入れて、私は電動車イスで走りました。途中、出来るだけガタガタ道ではない裏道を選んでも、どうしても避けられない道路はガタガタと振動が伝わり、しのぶちゃんにストレスを与えてしまったと思っています。d0019913_19471933.jpg辿りつた病院のドアを叩いて、この病院では犬猫とハムスターしか診ないと看護師さんが言いました。何処か紹介して下さいと頼むとしばらく待つとプリントアゥトした用紙を持って来て、区内の動物病院の一覧を渡されて、小鳥を診てくれるか確認して行くようにと親切に教えて貰いました。

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礼を述べて一旦、帰って来ました。d0019913_19353123.jpg確認を取ってから、しのぶちゃんに負担を掛けないように、遠いのでチョビ君のママが代わりにしのぶちゃんを連れて行ってくれる事になりました。待つ一時がとても長く感じられて診察から帰って来るのを待ちました。しのぶちゃんは朝より更に衰弱している様子でした。獣医の話しによると、風邪を引きお腹を壊していると言われました。薬を飲ませて、温かくした粟をスポイドでいくらか食べさせてくれました。薬と温かくした粟を食べさるには、嘴を開けて嫌がっても食べさせなければなりませんでした。d0019913_19324266.jpgその時にしのぶちゃんが決死の思いで噛んだ指先の傷がいつまでも癒えようとしていない現実が悲しく思います。部屋もゲージの中を25℃~30℃に暖かく身体を温めるようにと言われました。昔から小鳥は止まり木に止まれなくなったら重症と思っていました。500ccのペットボトルに熱いお湯を入れてゲージの周りに置き、天井だけは空けてゲージの周りには布で覆い、時々、ボトルは温かく代えて様子を見て、寝る時には確かに、しのぶちゃんは止まり木に止まっていました。d0019913_10453304.jpg

しかし、翌朝、ゲージの中を見ると座り込んでいるしのぶちゃんに「あぁ、死んでしまうかもしれない」と言う恐れで涙が止まりませんでした。d0019913_20345247.jpgそして、何とか、奇跡が起きてほしいと願いました。

しかし、この日、結果的には非常にストレスを感じさせる治療をしてしまいました。いずれにしても命はなかったかもしれませんが、しのぶちゃんに辛い思いをさせて、私はとても後悔しています。この日、帰ってから間もなく、しのぶちゃんのはかない命はアッという間になくなりました。花々に埋もれた、しのぶちゃんは眠っているようでしたが、止まり木に止まっていないしのぶちゃんは小鳥ではありません。d0019913_10553674.jpg

生まれて1年半あまりの短い生命でした。オカメインコの寿命は平均して20年近くもあるそうです。初めてしのぶちゃんに会ったのは、探してもらって洗足池の近くの店に行き、私がオスだと確信して選びました。私はインコ類しか小鳥は飼った事がありません。d0019913_20250658.jpgあの丸いイモムシのような舌でおしゃべりするのがたまらないのです。セキセイインコ類から小桜インコのタロウ君、そして、オカメインコのメルちゃんで、この子はホーホケキョを上手に歌い、みんなの人気者でした。d0019913_20315702.jpgやがて、しのぶちゃんも思い出の小鳥になると思うと、今、とても辛いのです。守って上げられなかった事が悔しいのです。d0019913_20232603.jpgその2日後、秋日和の午後にチョビ君の家族と共にしのぶちゃんは埋葬されました。合掌。

 いつも朝が訪れる度に、ヘルパーさんに「しのぶちゃん起きまーす」とゲージに掛けてある布を取って、お天気の悪い日はおとなしい時もありましたが、朝はとても元気にピィと一声鳴いては、おはよう、~~~(^∇^)おはよー♪と早口で歌っていました。d0019913_20271416.jpg耳の近くで大きな声でピィと鳴かれるとビックリする人もいました。今年の猛暑の日々には、ゲージの上で水遊びをもっともっととさいそくするように、スプレーで少しずつ水を掛けると、とてもうれしそうに遊んでいました。おもちゃが大好きで気に入ったおもちゃで一人遊びをいつまでも機嫌よくしていました。d0019913_20281001.jpg我が家にはいろんな人々が訪れますが、みんなに、しのぶちゃんへ挨拶のように声を掛けていました。しのぶちゃんと呼ぶと~~~(^∇^)おはよー♪と答えます。指先にとまり遊びましょうと話し掛けると瞳を細めてさえずるように上機嫌でした。語尾に「ぶ」を発言するのは小鳥には難しい事は知っていましたが、しのぶちゃんは自分の名前だと言う事は分かっていました。d0019913_20300140.jpg時々、私が居ても姿が見えない時にヨーデルのように、声を裏返えして何度も何度も、しの~ちゃんと言っていました。もう、少しでしのぶちゃんは自分の名前を云えたかもしれません。d0019913_20370733.jpg健気なしのぶちゃんの命は戻って来ませんが、その姿に勇気を貰った人々やしのぶちゃんを知る人々の心情には、その可憐な姿はいつまでも思い出として残る事でしょう。

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by rakudazou | 2015-10-18 15:48 | 《エッセイ》中村陽子
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 私が自家用車を運転したいた頃、ある寒い真冬の2月に、車イスの私と友人である医師の奥さんと2人で、フランスとイギリスを横断して走る新幹線ユーロースターに乗ることが第一の目的で個人的旅行をした。
 ユーロースターは事前に予約しておいたが、パリ北フランス駅から乗車して、車イスの私は一番前のデラックスなシートで驚きなからシートに移動し、何故か、介助者はシートは小さく狭くて同行者の彼女には申し訳なかった。食事だけが差がなくてよかったが、障害者割引もあった。
 車内のアナウスがフランス語から英語に変わり走る景色も変わり、快適な列車の旅も終着のロンドンの駅に到着した。わざわざ、ロンドンタクシーを拾ったが、以前の体験した時よりも車イスのまま乗ったが狭く感じられた。以後、滞在中は、世界一有能と表する、ロンドン市内の地理が頭脳のナビに入ったテストに合格した、一般のタクシードライバーを頼んた。
 イギリスは福祉国家として知られている、国民の福祉に関するチャリティ活動も盛んに行われている国で、この機会にもう一度より深く知りたいと思い旅に至った。
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 日本に数年間、留学していたトニードルビィーさんと言うイギリス人で、軽度な障碍を持った彼が日本女性と結婚して、ロンドンから長距離バスに乗り2時間ほどのチェルトナムという小さな町に住んでいた。
 私と彼女は長距離バスに乗りドルビィー夫妻を訪ねた。バス停からは赤いホンダ・シビックを運転をしてドルビィーさんが迎えに来て数年ぶりに再会をし、感激をした。日本を発つ時には赤ちゃんだった坊やも大きく成長して元気な少年になっていた。d0019913_1745422.jpg
 ドルビィーさんの紹介で民間が運営しているチャリティ協会を尋ねた。イギリスの障碍者の改造車両のことを知りたいとお願いすると全く異なった2例の障碍を持つ人を紹介された。
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 女性障碍者で彼女の自宅をドルビィーさんと尋ねた。電動車イスに乗り10代の息子さんと歓迎して迎えてくれた。彼女は家庭の主婦であり、福祉情報を収集し当事者の意見をまとめて行政に提供する事により利益を得る民間組織で作られている会社を起こし社長をしていだ。室内から続く愛車の運転席のドアをリモコンで開けると、彼女と共に乗っている電動車イスが車の外から中側にリモコン操作でアッと言う間に運転席に収納されて、それもスポーツカーのポルシェで走り去った。駐車場のドアもリモコンで閉まり 私たちは唯、見ているだけで、電動車イスのままでスポーツカーを運転出来ることの素晴らしさ驚きと感激の思いであった。
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 次の日、ランカスターと言う小さな町の地域の民間のチャリティ協会の前で、電動車イスのままでワゴン車を運転している男性を待った。暫くすると中型のワゴン車が止り、リァードアが開きリフトに乗った髭を蓄えた電動車イスの男性がリモコン操作で誰も人の手を借りないまま1人で降りて来た。d0019913_17104690.jpg
「一緒に乗りましょう」と誘われて乗せてもらうことになった。彼はこの地域で生活する障碍者で車を運転するまでは余り外にも出ない在宅障碍者であったそうだ。運転するようになり活動範囲が広がり、生き生きと地域に溶け込んで生活している。車両の購入手段は必要と認められると、地域の行政が3/1、地域のチャリティが3/1、本人負担が3/1で、購入後の必要経費もそれぞれと3/1ずつの負担で車両の維持を計るそうである。
慣れた操作で電動車イスの彼は一人でリフトをリモコン操作で車両の中に入り、d0019913_1712756.jpg続いて私がリフトで車両の中に入った。中の様子は左側に2つの座席と助手席の座席以外は全くのフラットである。前に乗り込んだ彼は運転席に向かうと運転席は空間で彼の電動車イスが入ると自然に固定されて電動車イスのサイズに合わせて自動車が作られていた。歩ける人も全員で乗り、私は別に固定装置も見当たらなかったので、運転席の後ろに車イスを止めてブレーキをかけて彼の電動車イスの後ろに捕まることにした。ワゴン車はスムーズに走り出し、彼はタバコをくわえながら堂々と運転をしていた。イギリスは日本と同じ左ハンドルで手動装置であり、よほど「運転させて下さい」と頼みたかつたが、慣れない車を運転して傷でも作っても困るので諦めた。電動車イスのままリフト付きワゴン車が運転出来ることに体験が出来てとても楽しかった。
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 彼は運転して行った先は、イギリスでは有名なパブの店のひとつで電動車イスを走らせてスイスイと案内してくれた。ランチの時間帯であったが、お店も幾つもありお客もいっぱい入って、彼はいろんな人と親しげに声をかけて合ってお互いに楽しそうであった。彼はこれらの場所によく食べ飲みに来るそうである。私たちもそれらの人と混じってたのしくランチを食べた。イギリスにはこのようなパブがいっぱいあるそうで、日本でいう居酒屋のようなものであるが、車イスでどこにでも自由に入れることが一般市民と同じ気分が味わえてとてもうれしく有意義であった。
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 イギリスの福祉の80%は民間のチャリティ組織でまかなわれており、豊かな情報源を持ち、チャリティバザーの店もいっぱいあり、一般市民も必要な物はそこに来て買いも求める。私たちも誘われて出かけたが、日本のバザーとは大変異なり、古着、キッチン用品、あらゆる物があり使わなくなったものはみんな寄付して、また、リサイクルでほしい人が安く買えるシステムで、物を大切にして無駄にしない精神は私たちも大いに見習う経験であった。
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 イギリスの障碍者や高齢者はチャリティの組織の中で自ら事業として、当事者の福祉の情報はすべて、国や地域の行政にその制度の合有り方や情報を提供し、その利益で相互に生活している現状に私は長い歴史と伝統が感じられた。
 私たちがイギリスで会った障碍者自身やそれらの人々を支える健全者も共に自己責任の中で福祉がしつかりと根付いている制度は生き生きと眩しく羨望の世界でもあった。
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 介助者に便利な高齢者及び障碍を持つ送迎用のリフト車や条件付きの青ナンバーで完全予約制のタクシーも数え切れない程に走っている。2000年の介護保険導入後は更に拍車を賭けて、福祉の世界に全く素養の無い企業人まで「稼げる福祉社会」として参入して来ている。今や「福祉と医療」は進歩しているが、障碍者自身が運転する車の進歩は変化がなく、パーフォーマンスとしてはトヨタやダイハツが専用の備え付けの車イスで運転出来る車両は発表しているが、決して実用的では無く私たちの希望する車両は今だ、作られてはいない。私が電動車イスになっても、日本の車両に対する法律の基準が厳しく、イギリスで体験出来たような実現は、私の目の黒いうちには、残念ながら訪れる事は無いと痛感した。
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by rakudazou | 2015-10-02 17:15 | 《エッセイ》中村陽子