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by rakudazou

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今の時代に思う・・・

私の昭和6417日は?

d0019913_14460132.jpgあの頃は、知らない町に住むようになってから日が浅く不安と緊張でいっぱいの昭和64年の新年が始まっていた。最近、横山秀夫の最高傑作の映画化、64-ロクヨンを観て、あの日々の頃がいやに古びた映像に観えて遠い年月を感じられた。

長い昭和の歴史から新しい平成が始まり、私は人生最後の力走をしていた。まだ、両腕にも力があり自動車は自らの大切な足であった。日常は利便さからすべてが普通の生活に逆戻り、シンプルな生活の大切さを発見、自らの新な生活と障碍者等の社会参加への意味を奔走の最後の機会ともなった。

引っ越しで住民登録をしたのは2度目、私か最初に運転免許を取得し、世田谷区で初めての自動車登録は品川ナンバーでその後、新宿区での練馬ナンバーから再び、都内の城南地域になり、その後は品川ナンバーである。そして、28年前には自立生活に古墳沸騰した。64-ロクヨンを観て思い出されたのである。

師走の忙しい界隈の中で新生活のスタートした昭和6312月の実感は短く間もなく64年の新年を迎えていた。まだ、門松の取れない17日の午後、今、思い出すと目の前の国道15号線沿いの当時の近鉄ホテルのレストランに居た時の風景を思い出すのであった。目の前の花々の赤い花だけをボーイさんが除いている風景を見て、アッ、何か、社会が代わったのだ・・・と直感したのである。

そして、間もなくニュースで昭和天皇の崩御を知った。昭和という63年間が終わり新しい時代が訪れると身近に感じた。この時代は最後のバブル崩壊の前の勢いがあったように感じた。そして、昭和天皇の具合が悪い事実は国民に知らされていた。自動車で近くを通る高松宮邸の正面門の前には何時観ても黒塗りの自動車がエンジンを掛けたまま待機していた

 あれから28年が過ぎ去り、今年も後半の時が過ぎて、多くの思い出と、年を経て多くの物を認識して来て今、映画「64-ロクヨン」を観て、あの頃の私自身を思い返した。あの当時はまだ、何とか身体の頑張る余禄があり、とても不自由な生活をひとつずつ解決をしながら一生懸命に日々の生活の忙しさに追われて過ぎ去ってしまった。

 直前に迫っているリオのオリンピックは安全なのだろうか?ダッカでの狙撃事件が生々し過ぎて、余りにも無残な事件が多すぎて忘れ去ることが恐ろしいと思う。d0019913_14504951.jpg18歳からの選挙権で何か若者たちへ新しい日本が変化するのでしょうか?今回の参議員選挙、東京都知事選と続いての有様に、選挙は「出たい人より出したい人を」の意味が本当にどれだけの人々が真剣に考えているのであろうか?私の身近な若者たちはこのままでは都税を払いたくないと不信をいだいている。これまでの2度に続く都知事の金銭に関する余りにも不透明さを追求されないままで辞任し都知事選となり、また、思惑ぞろいの候補者に都民の大切な税金が使われるのかと思うと嘆く思いでいっぱいである。この先の2020年のtokyoオリンピック・パラリンピック大会への都財政に大きな都民への負担が及ぶならば、誰しもオリンピックなどやらなくとも良いとも言い出している現実もある。ギリシャ、リオで見られるように国が破たんするような財政難の現実にこれからの世界の国々でお金の掛かりすぎるオリンピックの引き受ける国がなくなるように思う。

 d0019913_14521079.jpgそもそも、パラリンピックは1964年の東京オリンピックの折りに最初に始められた経緯があるが、いくらオリンピック後の開催とは言え、パラリンピックへ参加する多くの有能な障碍者が一同にスポーツの祭典のためにどれだけの更に大きな財政が必要であるのか?みんな知っているのだろうか?今後の経済不況、子育て支援、若者たちへの進路への救済、1964代の高度成長の礎になった多くの高齢者難民を目隠しをしたままで、政治が先に動くことは島国では危ない、日本の国民が希望することではないと思う。21世紀のアジア諸国のリダーシップの出来る見本になれるよきあこがれの日本に唯、なってほしいと考えるのである。


by rakudazou | 2016-07-11 04:11 | 《エッセイ》中村陽子